運動前のストレッチにご用心

ストレッチには、いくつかの種類があります。一般にストレッチと聞いて思い浮かべるストレッチのことを、静的(スタティック)ストレッチと言います。目的の筋肉を伸ばすような姿勢を取り、その姿勢で数十秒間保持するタイプのストレッチです。

この静的ストレッチには、体に良い様々な効果があると言われており、スポーツをする前には欠かせない準備運動として行なっている人もたくさんいると思います。ですが、これには注意が必要です。実は、ストレッチに関する研究のほとんどが、ストレッチにはこれまで言われていたような効果がないことを、はっきり示しているのです。ここでは、準備運動として行うストレッチに関する3つの間違いについてお話しします。

1.ストレッチはウォーミングアップにならない

スポーツを行う前には、しっかりとウォーミングアップ(準備運動)を行うことが大切です。準備運動の目的は、ケガの予防と運動のパフォーマンスの向上です。ウォーミングアップとは、文字通り身体を温めることです。心拍数を上げ、体温を上昇させることにより、よりハードな運動を行うための準備になります。

ウォーミングアップのケガ予防効果に関するある研究では、ノルウェーのユース女子サッカー選手1892人を対象に、国際サッカー連盟(FIFA)が推奨するウォーミングアップ・プログラム「11+」を行う選手とウォーミングアップを行わない選手とに分けて、1シーズン終了後のケガの発生率を比較しました。「11+」を行ったグループのケガの発生率は、行わなかったグループに比べて約3分の1少なかった、という結果になりました。適切なウォーミングアップは、確かにケガを予防するということがわかります。

では、運動前のウォーミングアップとして静的ストレッチを行うことは、効果的なのでしょうか? 筋肉を温め、動きやすくするためには、体を動かす必要があります。ストレッチはどうでしょうか? 筋肉を伸ばした状態でしばらくじっと待ちます。果たして、これで身体が温まるのでしょうか? 少なくとも、効果的な身体のウォーミングアップとは言えないでしょう。

2.ストレッチはケガの予防にならない

ストレッチがケガを予防するという考えが出てきたのは、1960年代でした。ちょうどそのころ、運動することで心臓疾患のリスクが減少するということが研究で明らかになり、日常的にエクササイズを行う人口が増えました。そのことも相まって、ストレッチの習慣は、広く浸透しました。それから数十年の時を経て研究が進み、現在では準備運動にストレッチを行なってもケガの予防にならないことが分かっています。

2010年の研究では、週に10マイル(16.09km)以上走る13歳以上のランナー2729人を、ランニング前にストレッチを行うグループと行わないグループに分けて、3ヶ月間のケガの発生率を比較しました。結果は、ストレッチをしてもしなくても、ケガの発生率に差はありませんでした。

ウォーミングアップは、ケガの予防につながります。ですが、ウォーミングアップとしてストレッチを行なっても、ケガの予防にはなりません。先に述べたFIFAの「11+」にもストレッチは含まれていないのです。

3.ストレッチで運動能力(パフォーマンス)は向上しない

スポーツ競技で良い結果や記録を残したい場合には、試合直前にストレッチを行わない方が賢明です。ストレッチ直後には、身体のパフォーマンスが低下することが、たくさんの研究で明らかにされているからです。

例えば、ストレッチを行った後では、短距離走のタイムが落ちたり、垂直跳びの記録が著しく低下したりするという研究報告や、ふくらはぎの筋肉をストレッチした後には、姿勢動揺性が増すという研究があります。また、長(中)距離ランナーでは、ハムストリングス(太ももの後ろ側の筋肉)の柔軟性が低い方が、ランニングエコノミーが高い、つまり少ない酸素摂取量で効率良く走れる、という研究もあります。

ストレッチ自体が悪いわけではない

ここまでお伝えしたことを考えると、ストレッチは絶対にやってはいけない悪いことのように思えてしまいますが、決してそうではありません。注意しなくてはいけないのは、準備運動としてのストレッチです。特定の筋肉を限界まで伸ばして、じっと保持する静的ストレッチは、一時的に筋肉の活動を低下させてしまいます。あなたが準備運動の時に行うストレッチに、ケガの予防やパフォーマンス向上を期待しているのなら、やらない方が賢明でしょう。

ただ、どうしても運動前にストレッチをして筋肉を伸ばさないと不安だという方は、無理にストレッチをやめる必要はないと思います。入念なストレッチは避けて、ひとつのストレッチに対する時間を短時間(10数秒間)に留め、競技の直前に行わないことさえ気をつければ、特に影響はないと考えられます。

また、柔軟性の維持、向上を目的としたストレッチは、別の話です。ダンスや体操などの柔軟性が必要な運動競技をしている人にとっては必要でしょうし、一般の人にとっても、日常的に適度なストレッチを行うのは、心身のリフレッシュという意味で良いことだと思います。

必要なのは別の種類のストレッチ

ウォーミングアップに必要なのは、身体を目覚めさせる運動です。それには、動的(ダイナミック)ストレッチが最適です。今までストレッチは駄目だと言ってたのに・・・、と思うかもしれませんが、名前は同じストレッチでも、静的と動的ではやることが全く異なります。

動的ストレッチとは、身体の部位を可動範囲内で徐々に動かしていくことによって、身体を活性化させます。具体的は、軽いランニングや、実際に行うスポーツの動作に似た動きを行います。FIFAの「11+」に含まれる準備運動も動的ストレッチです。日本サッカー協会のサイトで動画を見ることができますので、興味のある方はご覧になってください。

静的ストレッチと動的ストレッチ。作用が全く異なるのに、どちらもストレッチと名付けられていることも、混乱が生じている一因なのかもしれません。準備運動には、筋肉を動かす「動的」ストレッチが吉。筋肉を静める「静的」ストレッチはナンセンス、と覚えておきましょう。

参考文献